雲の切れ間から僅かにのぞいた太陽が・・・
もうすぐ訪れる夏を感じさせるように水面を照らしていた
今日は久しぶりにと一緒に森林公園に来ていた


「珪く〜ん、ほらぁ、早く早く〜!」

前を行くが振り返って俺を手招きする
は、まるで散歩が待ちきれなかった子犬みたいにはしゃいでいた


「そんなに慌てなくても・・・」

逃げやしないから大丈夫だ

言葉を半分だけ口にして・・・
俺はのんびりと歩きながら、の背中を追いかけた


噴水広場をぐるっと遠回りすると・・・
俺たちのお気に入りのベンチが見えた

公園の入り口から一番遠くて、不便で・・・
景色も悪くて、噴水も見えない場所だから
その東屋の下のベンチは・・・
誰も来なくて二人でのんびりできる特等席だ

はその場所へ到着すると、辺りをきょろきょろと見回した
そして安心したように大きく頷くと


「珪くん・・・大丈夫かな?」
「ん・・・周り・・・確認したか?」

言うまでもなく・・・
俺も周囲のチェックは怠っていない
辺りに人の気配は皆無だった
俺たちは並んでベンチに腰掛けて・・もう一度周囲をうかがった


「うん、誰もいないよ」
「じゃ・・・大丈夫だな・・・」
「でも・・・やっぱり、ちょっと恥ずかしいよ」
「それなら・・・やめるか?」

は、困ったように少しばかり口を尖らせて
ぶんぶんと首を横に振る


「だって・・・したい・・もん」
「俺は・・・いいよ」
「珪くん、本当に・・・いいの?」
「ん・・・おまえ、したいんだろ?」

は少し頬を染めて・・・頷いた
そして、意を決したように、カバンの中からビニール袋を取り出した


「じゃ、誰も来ないかちゃんと見てて」

俺が頷くとはビニールの袋を片手に、3歩前に出た・・・
そして、袋の中に手をいれ・・・一枚の食パンを取り出し、小さくちぎって放り投げ始めた
足元に・・・パンくずが散らばってゆく
一枚分のパンがすべて細かくなったところで・・・・困ったようにが俺を振り返る


「珪くん、ハト吉こないよ〜」




今から4ヶ月前・・・ちょうど桜の頃だった
恋人として初めてここへと一緒に来たときに・・・
ハトに餌付けをしている人を見つけた
その人は慣れた手つきでちぎったパンくずを撒きながら楽しそうにハトと戯れていた
それから何度か、いろいろな人がハトにパンをくれているのを俺たちは遠巻きに眺めていた


「ハト吉に・・・私もパンあげたいなぁ・・・」

がそう言いはじめるまでにさして時間はかからなかった
俺も・・・猫を代表して生き物は好きだ
だから、ハトたちのことも、二人でハト吉と呼んでいたし
が・・・ハト吉と戯れたくなる気持ちはよくわかった

でも、はばたき市では、生活環境改善条例というのがあって
公園などで生き物にむやみに餌をあげてはいけない決まりがある
増えすぎたハトが鳥害をもたらしている現実もあったからだ
だから俺とは「一度だけ」の約束で・・・条例違反を犯す事を決めたのだった



足元には一枚分のパンくずが散らばっている
でも、こんな目立たない場所にはハト吉たちもやってこないのか
一向に楽しい餌付けの時間は訪れなかった


「珪くん・・・、ハト吉いないのかなぁ・・・」

寂しそうにが呟く


「だから・・・恥ずかしがってないで・・・言ってみろよ、アレ」
「アレはぁ〜、珪くんが言ってよ」
「俺が?」
「うん、だって恥ずかしいんだもん、お願いっ」
「俺が言ってもいいけど・・・その代わり・・」

そこまで言って俺はの顔を見る
口元がもじもじと動き、俺はその唇をじっと見た


「あぁぁ〜〜〜んん〜っんんん〜〜〜もぉぉぉぉ〜〜っ!
 じ、じ、自分で言う〜!」

顔を赤くしながら、妙な唸り声を上げていた
俺の「熱視線」に観念したのか、二枚目のパンをちぎりながら大きな声を出す・・・



「ぽ〜ぽっぽっぽっぽ ぽ〜ぽっぽっぽっぽ ぽ〜ぽっぽっぽぉ〜」

俺はやっぱり可笑しくて、鼻でぷっと笑ってしまったけれど
真剣なはそれに気づかなかった


『ぽ〜ぽっぽっぽ』

この掛け声は・・・餌付けしていた人たちが皆
ハトを呼ぶために出していた声だった
が照れるのも無理はない・・・
人が見ていたら正直かなり恥ずかしい・・・と思う

それでも、赤い顔をしながら、ぽ〜ぽっぽと頑張ったおかげで
一羽のハトが、の前に舞い降りた


「あ!ハト吉〜!珪くん、ハト吉がきた!」

嬉しそうにがはしゃいだ・・・
足元で、ハト吉がパンくずをついばみながら クリュックゥ〜クリュックゥ〜 と声を出す
すると・・・
どこからともなく何羽ものハトが、ワラワラと俺たちの前に現れた


「やぁん!珪くん、すっごい、いっぱいぃ!」

そこから先は、もう興奮状態の
餌を前に真剣勝負のハト吉たちの、楽しくも激しい餌付けショーが繰り広げられた

ちぎっては放り投げるパンくず
でも、ハトたちの数と勢いにパンのスピードが間に合わない
やがて手馴れたハト吉が、の手元から直接パンをついばみ始める


「可愛い〜!もぉ、可愛い〜!」

嬉しそうに餌付けする・・・
俺も2枚手渡されていたパンをちぎって、少し遠くへ放ってやる

そこには・・・いつまでもパンにありつけないでいた不器用なハト吉が一羽
そいつが、俺の放るパンを嬉しそうについばんだ・・・
俺はそんな小さなことが妙に嬉しくて・・・また遠くへパンくずを投げた


本当はしてはいけない・・・
だからこそ、二人で共有する秘め事

はじめはそんな秘密めいたことが
少し気恥ずかしいような嬉しいような気がしていたけれど
今はすっかりそんなことを忘れて、俺たちはハトと戯れていた


が持ってきた一斤分の食パンは瞬く間にハトの餌となり・・・
結局俺も思った以上に楽しんで餌付けを終え振り返ると
ベンチに戻っていたのすぐ隣にハト吉が陣取って、その手からパンを貰っていた


「本当、可愛い〜、人懐っこいんだよ〜」

は心底嬉しそうに・・・ハト吉を眺めて笑っていた
その笑顔が、あまりにも無邪気で・・・まるで子供のようで
俺は、いつも以上にを愛しく感じた

ところが、こんなほのぼのとしたひと時を切り裂くような事件が起きた
調子に乗った一羽のハトが、あろうことか、の膝の上にちょこんと乗ったのだ


「おいっ・・・」

低く抑えた声を出す
俺の声にとハトが反応して、こっちを振り返る

ぶつかる視線・・・・
ハト野郎と俺の戦い・・・・

1秒にも満たない厳しい戦いの末・・・
ハト野郎がの膝から飛び立ち、つられて一斉に全部のハトがバサバサと飛び立った


「あっ〜〜」

飛び立つハトを名残惜しそうにが見ていた
俺はハトばかり眺めているの隣に座ると・・・その身体をぐいっと横に押した


「え?何?」
「もうちょっと・・・そっち」

長いベンチの一番端に・・・を追いやる


「なに?どうしたの?」
「ん・・・」

きょとんとしているをよそに、俺はベンチに横になって、その膝の上に頭を乗せた


「珪くん?」

膝の上から見上げた景色は・・・
ライトグレーの空に、少し見えるブルー
そして、風に揺られる木々と・・・俺だけの・・


「眠いの?」
「ん・・・」

眠くはない・・・
でも、この膝は・・・俺のものだ

やがては・・・いつものように、俺の髪を撫でてくれる
優しい指先の動きが・・・俺をほっとさせてゆく


「ハト吉、可愛かったね〜」
「・・・」

俺は・・心の中で『ハト野郎』と思いながら、返事をせずに頷いた
は満足そうに、ずっと俺の髪を撫で続けた

ベンチの上で・・・膝枕は少し無理があったけど
俺は、の膝の上から眺める景色に満足していた



「珪くん・・・あのさ、さっきのね・・・」
「ん・・・?」
「ぽ〜ぽっぽっぽの代わりにって・・・」
「ん・・、代わりに・・・」
「珪くんは・・・何をして欲しかったのかなぁって・・・」

は・・・言いづらいことを言うのに苦労したのか・・・
ほんのりと頬を染めていた
俺は・・・膝の上から身体を起こした・・・


「その代わり・・・の続き、言ってもいいのか?」
「え・・・、うん、だって、気になるもん・・・」

俺は少し考えていた・・・
特別・・・何を意図していたわけではなかったからだ
単純に、じっと見ていただけ
唇を見つめたのは・・・少しキスしたかっただけだろうと思う

それでも、付き合って丸5ヶ月になろうとする俺たちは
まだ、キスしか・・・したことがない
猛烈な照れ屋で、ガードの堅いの牙城は一向に崩れなかったからだ

俺は・・・ずっと言うのをためらっていた言葉を、ダメ元でもと口にしてみた


「夏休み・・・花火大会に行くだろ・・・」
「うん、臨海公園の花火・・・」
「その晩・・・俺の家、泊まっていかないか?」

は、驚いたように少し固まったけれど・・・
大きく息を吸ってから「うん・・・」と言った


「あ!」
「ん?どうした・・・?」
「で、でも、花火大会、浴衣で行くんだった!」
「え?別に浴衣でいいだろ、おまえの浴衣、俺も楽しみに・・・」
「だって、珪くんっ、浴衣脱いだら大変なんだよっ、あっ・・・」

そこまで言うとはこれ以上ないくらい赤くなった・・・
これまでありえない程「鈍感だった姫」も・・・
今では、しっかりいろいろ考えてくれているんだと思うと、俺はなんだか嬉しくなって
の頭を引き寄せて、そのおでこに軽くキスをした・・・


「あんっ!」

そして俺は、恥ずかしがって抵抗するの耳元で囁いた


・・・二人で・・・いい日にしような」

コクリと頷いたは照れて赤くなった顔を見られたくないのか、俺の胸に飛び込んできた
俺は・・・その身体をぎゅっと抱きしめる


「珪くん、ハ、ハ、ハト吉、か、か、可愛かったねっ!」
「ぷっ」

やっぱり的外れなの言葉に思わず吹き出しながら、俺は空を見上げた

梅雨空の合間から降り注ぐ太陽が眩しさを増していた
もうすぐ・・・本当に、もうすぐそこに夏が・・・来ていた




END





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